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“还”と“再”の连用に関する语顺确定要因分析

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“还”と“再”の連用に関する語順確定要因分析──命題とモダリティ(Sモダリティ/Dモダリティ)の対比から──樋 口 幸 子

1. はじめに

 “还”と“再”は共に動作の重複や追加、継続を表す。両者は意味機能上のある部分で相似性を持ち、統語上でも多くの場面で互換性を持つ。(1)明天我再/还来看你。(现代汉语虚词散论)

(2)你先回去吧,我再/还到王大嫂家看看。(现代汉语虚词散论)(3)如果明天再/还吃面条就好了。(现代汉语虚词散论)

 ところが、相似性を持ち互換性を持つ両者は一文中に共起でき、更に、共起した“还”

+助動詞+“ 再” +VP構文 (以降共起文と記す)では先の互換性が消え、“还”が“再”に先行する一定の統語形式を保つ。(4)我还要再去中国。(*我再要还去中国。

) なぜ、共起する時、“还”と“再”の互換性は消え、“还”が“再”に先行するのか。

 これまで主観性と語順には一定の相関関係があることが知られているが、上記の疑問に関し、本稿は“还”と“再”の主観性、すなわちモダリティ性の質的差異を分析し、“还”が中右1994のDモダリティであることを検証するとともに、このDモダリティの有する性質が、語順決定に反映されることを明らかにしたい。

2. 語配列に関する先行研究

 語順とモダリティには相関関係がある。たとえば、副詞・語気詞・性質形容詞については、以下のような先行研究がある。

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2.1 袁毓林2002/副詞

袁2002:下記は、複数の副詞が状語として共起した時の語順に関する調査結果である。

语气>时间>总括>限定>程度>否定>协同>重复>方式

(>:先行する意味で使用。 以下同様。

)   副詞の主な効能は述語動詞の修飾にあり、副詞の語順を論ずるには述語動詞を参照点とすべきだ。語気副詞は発話者の基本命題に対する相対的態度、評価であり、基本命題外のモダリティ成分であるため、述語動詞との関連性が他の副詞より相対的に低い。その結果、語気副詞は述語動詞を核とする命題から最も遠くに位置することになる。

(5) 他其实早回来了。(语气>时间) (6) 他们也许都走了。(语气>总括)(7) 他果然只吃米饭。(语气>限定) (8) 小芳恰好最年轻。(语气>程度)

((5) ~(8) 袁2002。下線:語気副詞、筆者加筆。

)2.2 朱德熙1983/語気詞

朱1983: 語気詞は①表示时态 ②表示疑问或祈使 ③表示说话人的态度或感情

の三種に分けられ、これらが共起する時の語順は以下のように固定する。

表示时态>表示疑问或祈使>表示说话人的态度或感情

(9) 不早啦(=了+啊) !①>③(10) 走啵(=吧+呕)!②>③

(11) 已经有了婆家了呗(=了+吧+唉)①>②>③

(( 9) (10) (11) 朱1983。下線:語気詞、筆者加筆。

) 語気詞は文末に位置し、陳述、疑問、命令、感嘆などの語気を表し、文に発話者の感情や発話態度を盛り込むが、これらは主観的成分である。また、語気詞は発話者の主観性を表明すると共に、疑問や命令、アスペクトなども表現するが、アスペクトは命題を構成する成分の一つである。朱の調査を見ると、①のアスペクトを表し命題構成成分を兼ねるものより、③の命題内成分を兼務せ

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ず、語気のみを表し、主観性の表出そのものである語気詞が文の後方、つまり命題からはより遠くに位置することが分かる。

2.3 张国宪2006/形容詞

 张は、性質形容詞を識別する基準を示し、その統語的特徴、文法的機能を分析した。同論は、主観的要素を帯びた形容詞が客観的要素を帯びた形容詞に先行すると指摘している。

张2006:  言語単位の関係は概念構造単位の関係と呼応する。例えば、概念

上「四角」や「丸」は事物の先天的属性だが、「汚い」や「古い」は後天的変化の結果であるため、事物との関係は明らかに前者に及ばない。その結果、“脏方凳子”は“方脏凳子”より自然に、また“旧圆饭桌”は“圆旧饭桌”より自然に選択される。また、“大长腿”は“长大腿”より受け入れられ易いが、これは“大”が一次元空間、二次元空間、三次元空間、どの次元空間でも活用され認知上受け入れ易いのに対し、“长”は、物体を一本の線として認識しない限り使用できず、認知上“大”の方が“长”より受け皿が広い。その結果、まず“大”が、その後に“长”が選ばれる。語は複雑になればなるほど言語選択の内的規制力が勝り、客観的基準が発話者の主観性(随

意性)を抑制し、言語を選択する時の妨げになる。まず主観的な、

次いで客観的な形容詞が選択されるのは、子供の言語習得過程でも見られる事実であり、語順の決定は心理的な受け入れやすさ“心理语言可及性”(accessibility)の反映である。

これらの先行研究を整理すると、以下の二点がわかる。 ①主観性、モダリティの多寡と語の順列には相関関係がある。

 ② モダリティ性のより高いものが、文の核を成す命題からより遠くに位置す

る傾向がある。

この他、語気副詞の連用に関し、“主观性强的成分出于句子的外围,主观性弱的成分出于句子的内层”(史金生2003)との指摘もあるが、同論は“还”を考察対象に入れていない。副詞の連用の研究は散見するが、“还”と“再”の連

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用分析は筆者の当たった範囲では見当たらなかった。そこで今回は“还”と“再”、二者の主観性内部に踏み込み考察していきたい。では、共起文において“还”が“再”に先行するのも主観性の差によるものなのか、この後は両者の主観性、すなわちモダリティの差異を分析していく。考察に先立ち次章ではモダリティとはどの様なものかを概略的に規定しておく。

3. モダリティの規定

3.1 文の基本的意味-統語的構造

 一般的に文1)の意味内容は、客観的内容の「命題」(核は述語句)と、話者の発話時現在の心的態度(命題に対する捉え方や発話・伝達態度)を表す主観的内容の「モダリティ」からなる。

(12) きっと明日は雨が降るだろうね。 “明天一定会下雨吧。”

命題(客観成分)

:「明日は雨が降る」コト2) “明天下雨”

モダリティ(主観成分):「きっと/だろう/ね」 “一定/会/吧” 命題部分の意味を命題的意味、モダリティ部分の意味をモダリティ的意味とすると、文の意味統語構造は、基本述部である命題を核に、モダリティがそれを包み込むように階層構造化されている。モダリティとは〈発話時点=瞬間的現在時〉〈話し手〉〈心的態度〉という三つの要素概念の組み合わせである(中

右1999 p29)。モダリティの下位類化・階層化は研究により様々であるが、意味

上命題を目当てとするモダリティと、命題から離れた話し手の聞き手に対する発話・伝達態度のモダリティに大別されるという点は共通認識とされている。本稿は、意味論的立場3)から主観的なモダリティと客観的なモダリティを区別した中右1994「SモダリティとDモダリティ」を採用し4)次項で概観する。

3.2 「SモダリティとDモダリティ」(中右実1994)中右1994:

 文の意味の基本骨格は、客観的成分である命題内容と、発話者の発話時点の心的態度、主観的成分であるモダリティからなる。モダリティは意味上二種類に大別できる。文に内在的な義務的意味成分であるSモダ

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リティ(S : Sentence)と、談話要因に起因する随意的意味成分であるDモダリティ(D : Discourse)である。

 この二つの言語表現は共に命題内容の増減には関わらない。二つのモダリティの判断基準は限定領域の違いである。Sモダリティは命題内容を限定し、Dモダリティは、談話要因を基に発話のありかた、ひいては伝達様式を限定する。つまり、Sモダリティの作用域は命題で、構文意味を表し、Dモダリティの作用域は「Sモダリティ+命題」で、発話意味を表す。設定の目安は、問題の言語表現を省いてみても、なお同じ命題態度が保持されているならば、その表現はSモダリティというよりDモダリティである。

  <発話意味>Dモダリティ

 <構文意味>Sモダリティ+命題

13)Frankly, I admit that I have told a lie.

「率直に言って、ぼくが嘘をついたことを認めるよ」(中右1994)    Dモダリティ「Frankly」→

    〈 Sモダリティ 「I admit」 + 命題「I have told a lie」 〉

Sモダリティ」: 命題内容を作用域とする命題態度。その有無が文の真理条件

を左右しない(命題内容を変えない)が、構文に内在的な義務的意味成分。

Dモダリティ」: 「Sモダリティ+命題」を作用域とする発話態度。話者の発

話の在り方、伝達態度を限定する。その有無が文の真理条件を左右しない上、命題態度も変えない、構文に外在的な随意的意味成分。

モダリティは二種類ある。命題目当ての範囲の狭いSモダリティと、文全

(「「 〔88〕 中国文学研究 第三十三期

体に関与し話者の談話態度を表す範囲の広いDモダリティだ。主観性と語順との相互関係に関する研究は、従来、モダリティ性の多寡にその要因を求めたものが多かった。そこで今回は、モダリティの強弱という相対的な漠然としたものでなく、SモダリティとDモダリティという二種に大別したモダリティの下位分類を考察の機軸に据え、語順確定要因を考えてみたい。

 “还”と“再”の共起文の分析に先立ち、まず二者が個別に機能した時のモダリティ性の差異を確認しておく。本稿の論点は、“还”はなぜ“再”に先行するのか、であるため、考察は“还”の側を中心に進める。

4.“ 元语增量”

沈家煊2001:“ 还”には主観性があり“元语增量”という働きをなす。“元语

增量”とは命題態度であり、“还”を使うことにより、当該命題の情報のみでは不足する、言外の影の命題を含意するものである。

(14) 除了开会,还要备课。(沈2001)・・・・・

“一般的增量”(15) 连这个字都不认得,你还上过大学呢。

・・・・“元语增量”例えば(14)は、“还”の実質的機能(動作の重複、継続、追加)による一般的増量である。他方、(15)の“元语增量”は、後文のみならず前文を含め文全体に掛かり、当該命題だけでは不足する情報を補う形で影の命題を含意するものだ。ここでは「大学を出ていながらこの字を知らないはずがない…」といった話し手の意外性を含意している。つまり“元语增量”とは、当該命題外の情報、命題の意味内容とは別の言外の意味の表示である。発話者の主観的態度の表明であり、文全体に関わる発話者の発話態度といえる。この“还”の“元语增量”を整理すると、 ①文全体に関与する。

 ② 実際の命題内容(这个字都不认得/你上过大学)の増減を引き起こさない意

味成分である。

 ③ 命題の意味内容とは異なる別の命題(大学を出ているならこの字を知らないは

ずがない)を含意する。(外在的な随意的意味成分)

“还”と“再”の連用に関する語順確定要因分析(樋口) 〔〕

上記三点から、沈の云う“元语增量”とはDモダリティと判断できる。なぜならば、“还”のモダリティは命題内容の指し示す状況と発話者の考えとのズレを表し、話し手の予想外の意識を含意している。そしてこれは談話領域レベルでの話し手の態度、つまり発話・伝達態度といえるからである。

 ところで、“一般的增量”と“元语增量”は別々に機能するのみならず、両者の融合一体化した形式もあるのではないだろうか。以下二例の“还”はそういえないだろうか。

(16) 明天还吃面󰧚,我可受不了了。(现代汉语虚词散论)(17) 你吃了一碗面条了,还要吃馒头吗?

还”はDモダリティといえるのか。また、“一般的增量”として命題内成分、更に“元语增量”としてDモダリティ、二つの機能が融合した場合もありうるのか。更にまた、“再”のモダリティはどのようなものなのか。もう一件他の先行研究を見ながら“还”と“再”を比較し、考察を進める。

4.1 “还”

のモダリティ/“再” のモダリティ 张宝胜2005は、発話時に文中でどこにストレスが置かれるか、その位置の違いにより、“还”の機能が一般用法と主観用法と二つに分かれることを指摘した。

 一般用法とは客観的に事態を述べたもので、実義(動作の継続あるいは重複)を表す場合である。主観用法とは発話者の主観性を文に込めた場合である。以下の用例は、一般用法と主観用法の違いをストレス位置により比較分析した調査結果である。“还”の文を“再”の文と比較しながら、ストレス位置により意味機能が異なる様子を見てみよう。

 ((18)~(20)张2005)((18)~(21)の下線:音読時ストレスの置かれる位置。

筆者加筆。)

(18) 他明天再去。(今天已去过,明天继续去。

) ・・・・・・動作の重複(18)’他 明天再去。(今天本来应该去,但没有去,明天去。

)・・動作の重複“(空缺的重复”)

“〔90〕 中国文学研究 第三十三期

(19) 他明天还去。・・・動作の重複(一般用法)

(19)’ 他明天还去。

・・・動作の重複(一般用法) +話者の命題に対する態度 (主観用法)

张は“再”を使った文(18)(18)’では、“再”にストレスがかかる時は一般的な動作の重複や継続を表し、“明天”にストレスがかかる時は“空缺的重复” (陆俭明、马真1999 p135)を表すとした。张の結果では、“再”は何れにせよ動作の重複・継続に関与することになる。ところが“还”の文(19)(19)’では事情が異なるという。“还”にストレスがある時は一般用法で動作重複・継続等の実義を表すが、“明天”の時は、一般用法と共に「明日は本来行くべきでないのに、それでも彼は行くのか」といった発話者の命題に対する主観的な態度を表明するという。

 张は、“还”が動作の重複や継続の他、文に発話者の主観性を込めるということを指摘し、これをストレス位置の違いによって指し示した。発話者は“还”により命題“他明天去”に対する主観的な態度(明日は本来行くべきでない)を文に盛り込んでいる。そしてこれは命題の意味内容とは異なる言外の言葉、発話態度だ。発話態度とは、一定の談話コンテクストの下で話し手みずからの発話行為について抱く何らかの意識(意図、姿勢)である(中右1994 p41)。こうした命題的意味内容と離れた他の命題を含意し話者の主観性を添付する“还”はDモダリティと言えるだろう。

 一言申し添えると、この時の“还”はDモダリティであると共に命題の意味を表す成分でもある。「行くべきでないのに…」とした発話者の主観性を表すと同時に、動作の重複・継続「また行く」という実義も表し、“还”はまず命題内成分であり、それと共にモダリティ成分でもあり、二つの成分を兼ねている5)。

☆  個別に機能した時の“还”

: 命題内成分(一般用法)/Dモダリティ(主観用法)

 話を戻し、“再”の用例(18) (18)’を見よう。“再”は動作の重複・継続を

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表現する点では命題の意味内容に関与する命題内成分である。だが(18)’の“再”は「再び行くコト」(命題)を表すが、それのみならず命題に関連した事項(今天本来应该去,但没有去)をも含意している。(19)’の“还”のような命題内容から離れた別の意味内容の含意をするものではないが、命題「再度行く」に関連した前提事態の含みがある。

 张は“再”の主観用法については言及しなかったが、(18)’の“再”も一般用法の実義以外、述語動詞(命題の核)にまつわる意味内容の含意、つまり命題に関わるモダリティを有しているといえよう。“再”が“还”と違う点は、“再”のモダリティは命題内容を限定している点である。この意味で(18)’の“再”は命題内成分であると同時に、命題を限定するSモダリティであると理解できよう。

☆  個別に機能した時の“再”

:命題内成分(一般用法)/Sモダリティ(主観用法)

 

 もう一件別の用例を見てみよう。张によれば下記(20)は、

“还”にストレスがあれば一般用法に、“星期天”にストレスがあれば一般用法と同時に「本来、日曜は休みで、出勤すべきでないのに…」といった発話者の主観性を込めるという。 

(20) 小王星期天还上班。

・・・・動作の重複・継続(一般用法)(20)’ 小王星期天还上班。 ・・・・動作の重複・継続(一般用法)+命題態度

(主観用法)

(20)’の“还”は命題を構成する成分でありながら当該命題とは異なるレベルの別の命題を表しており、やはりDモダリティ成分といえるだろう。 ところで、张の用例(20)の“还”を“再”に換えたのが下記(21)であるが、(18)(19)の比較結果と同じく、(21)は単純な動作の重複6)、(21)’は、存在しない動作の重複“空缺的重复”の読みになる。例えば、常勤でない小王に関し、彼は次にいつ出勤するのかを問うた答えや、今日欠勤した小王が日曜に替わりに出勤する、などの状況下での発話となる。下記(21)は表現のポイ

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ントが動作それ自体に、(21)’は動作の時間的部分に着目点があるものの、何れにせよ“再”は「出勤する」という動作に関連して機能している。

(21)?小王星期天再上班。 ・・・動作の重複

(21)’小王星期天再上班。・・・・動作の重複“(

空缺的重复”) 张の分析、及び(21) (21)’から、“再”は実際の動作(述語動詞)と関わる事態内で機能するのが分かる。総じて“再”は実義(重複、継続、追加など)から離れず、極めて述語動詞(命題の核)との関係が深く、命題の意味内容の増減に関わる命題内成分である。そしてこれは命題内容そのものを限定するSモダリティであるといえよう。

 ここまでの考察から、個別に機能した時、“再”も“还”も重複や継続なりの一般的用法で命題的意味機能を担うと共に、それ以外の機能も担うことがあると分かった。“再”は述語動詞の意味から離れず、命題内容を限定するSモダリティを担い、“还”は当該命題の意味とは異なる別次元の発話者の思い、発話・談話の態度を表しDモダリティを担うのだ。☆個別に機能した時: “还”:命題/Dモダリティ           “再”:命題/Sモダリティ 

5.否定のスコープテスト

5.1 命題内成分/命題外成分

 5章では、個別に機能した時の考察結果を踏まえ、共起文内の両副詞の性質を比較検討する。共起した二つの副詞、“还”と“再”の成分分析に当たっては、まず共起時の両者が命題成分なのか非命題成分なのか、命題とモダリティの境界を明らかにする必要がある。そこで、第一段階の考察として、文中から命題部分を抽出するテストを試みる7)。どこまでが命題内成分かその線引きが出来れば、残る部分がモダリティとなる。

 文の命題部分は、述語の語彙的意味を中核にして、それに依存・従属する成分、および、ヴォイス・アスペクト・肯否・テンスの文法カテゴリー、更にそ

“还”と“再”の連用に関する語順確定要因分析(樋口) 〔93〕

れと関係を取り結ぶ成分とによって形作られる。これらはすべて命題内容の増減に直接関わる。肯定・否定は命題を形成する命題内成分であるので、仮に肯定文を否定文に変えても、命題内成分であれば否定のスコープ内に収まる(否

定詞の後方に位置する)はずである。そこで肯定文を否定文に換え、“还”と

“再”が文中でどうなるか、主語の人称、助動詞、動詞の種類、様々に異なるパターンを見てみる。ちなみに各助動詞は複数の意味を持ち、否定形も一つとは限らないが、便宜上任意の一つを取り上げた。 肯定文 否定文

(22) -a我还要再说一遍

→a’ 我不想再说一遍。 (*我不还想再~) -b你还要再说一遍。 →b’ 你不要再说一遍。 (*你不还要再~) -c他还要再说一遍。

→c’ 他不想再说一遍。

(*他不还想再~)

(23) -a我还得再写一篇论文。 →a’ 我不用再写一篇论文。 (*我不还用再~)

-b你还得再写一篇论文。 →b’ 你不用再写一篇论文。 (*你不还用再~) -c他还得再写一篇论文。 →c’ 他不用再写一篇论文。 (*他不还用再~)

(24) -a我还可以再吃一碗。

→a’ 我不能再吃了。 (*我不还能再~) -b你还可以再吃一碗。 →b 你不能再吃了。 (*你不还能再~)

-c他还可以再吃一碗。

→c’ 他不能再吃了。

(*他不还能再~)

肯定・否定は命題に属する述語部分のカテゴリーに含まれるため、平叙文を否定文にすると、どこまでが命題内成分かが判明する。上記の例を見ると、主語の人称8)、助動詞9)や述語動詞の如何に関わらず、肯定文の“还”は否定文では排除されてしまった。だが、“再”は消えずに否定詞の後方に位置し10)否定のスコープ内に収まっている。第一段階考察として共起文内の両者が命題内成分か命題外成分かを確認した結果、“还”は命題外成分、“再”は命題内成分である、この二点が確認できた。

☆ 共起文: “还”

:命題外成分 / “再”:命題内成分 ここまでで、少なくとも共起文の“还”は命題外成分、“再”は命題内成分であることが分かった。共起時に“还”が“再”に先行する理由を、現時点で出せる結論として、

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 「共起文の“还”は命題外成分、“再”は命題内成分である。それ故に、“再”は述語動詞に直接関与し命題中心近くに位置する、“还”は命題に直接関与しないために命題中心から遠く位置する。結果として、“还”は“再”に先行することになる」

 とひとまずまとめておく。次項では共起文内での“还”と“再”のモダリティ差異を考えて見る。

5.2 共起文における“还”の機能

 否定のスコープテストの結果に関し続けて考察する。肯定文を否定文に変えた結果、“再”と共起した時の“还”は文中から排除された。“我还不想再~”のように、否定詞の前方に位置し、文中に残る可能性もあっただろうが、“还”は削除されてしまった。

 ここから明らかになるのは、「“还”は命題の意味内容には関与しない、命題外の成分である」ということだ。共起文の“还”は単独時のような実義を発揮してはいない。つまり、共起文の“还”には重複・継続といった一般用法は無く、命題の意味形成に対する貢献はない。結局のところ、共起文の“还”は命題外成分、モダリティとしてのみ機能している、この読みしかなくなる。☆ 共起文: “还”

:モダリティ(命題外成分)/“再”:命題内成分さらに言うならば、“还”は否定文では排除されることから、構文に内在する成分ではなく外在的な随意的な成分である。発話者が当該発話の先行文脈に対する関係をどう捉えたかを合図し、話し手の発話意図を表している。これは命題態度でなく、発話態度である。従って、“还”は発話態度、Dモダリティである。

☆ 共起文: “还”

:Dモダリティここまでの分析から、“还”+助動詞+“再”+VP構文の“还”は命題外成分であり、Dモダリティであることが判明した。

5.3 共起文における“再”の機能

 さて、では共起文の“再”の性質はどうか。第一段階の観察から、少なくとも共起文内の“再”が命題内成分という点は確認済みである (5.1)。だが、命

“还”と“再”の連用に関する語順確定要因分析(樋口) 〔95〕

題内成分であればモダリティが無いということにはならず、命題構成成分であると共にモダリティ成分の可能性もある (単独機能時には二つの機能を兼務した

(4.1))。先行研究でも両者のモダリティ差は比較研究の対象とされており11)、

“还”にモダリティがあるように、“再”にもモダリティがある。

 “再”は否定のスコープテストで、(22) 我还要再说一遍 →(22)’我不想再说一遍。のように、命題を中心とすると否定詞の内側に取り込まれている。ここから“再”は命題内成分と判明するが、更にまた助動詞の内側にも取り込まれ述語動詞に直結している点から、極めて命題との関わりが深い成分であるといえる。意味的に見ても5.2で確認した通り、共起した“还”が実義を担わない、つまり命題の意味形成に関わらない以上、文中で重複義を表すのは“再”のみであり“再”は実義を担い命題の意味形成に関わる成分といえる。 このような言語環境から、“再”にモダリティがあるならば、命題を限定するSモダリティである、との読みが妥当であろう。だが、本稿では共起文の“再”がSモダリティであるかどうかに関し、これ以上の論証は行わず、詳細は後稿に譲りたいと思う。なぜならば“还”の側の考察結果を総括すれば、共起文の“还”が“再”に先行する理由の説明が付くからである。要点を以下にまとめた。

 ①“还”は命題外成分であり、

“再”は命題内成分である。 ②“还”のモダリティはDモダリティであり、Sモダリティでない。 ③ “再”にもモダリティがあるとするならSモダリティであり、Dモダリ

ティでない。

①で命題対非命題の住み分けが判明すれば、述語動詞との繋がりの度合い、その違いが自ずと明らかになる。関係の強弱により、命題内成分の“再”は述語動詞に近く、命題外成分の“还”は述語動詞から遠くに位置することになる。また、②、③からは次のような事が判明する。Dモダリティとは、作用域が文全体であり外側につくモダリティであるため、Sモダリティが文中心(命題)に近くなるのに対し、Dモダリティはより文の外側に位置することになる。そして、命題の核である述語動詞を文の中心とすれば、副詞は動詞の前方に定位

〔96〕 中国文学研究 第三十三期

するため、Dモダリティは文全体に作用する以上、最も前方に位置することになる。従ってDモダリティである“还”は、Dモダリティではない“再”よりも文中で先行することになる。

6.まとめ

 文は客観的成分の命題と主観的成分のモダリティからなる。また、モダリティには二種類、「命題目当ての範囲の狭いSモダリティ」と、「発話・伝達態度の範囲の広いDモダリティ」がある。“还”と“再”が共起した時、“还”は命題内成分にはならずDモダリティとして機能し、“再”は命題内成分になると共にSモダリティになる可能性もある。“再”は命題との関わりにおいて生起するため、命題の核をなす述語動詞に近く位置し、Dモダリティである还”は、述語動詞のみならず文全体に関与するため、命題の核たる述語動詞からは遠く、文の外側に位置することになる。従って、共起した時の“还”は再”に先行することになる。

1) 本稿の対象とする文とは明示的な主語を含み、動詞を含む、典型的な節で

ある。命令文や一語文は対象としない。(中右1994p33参照)

2) 表現主体から離れた客観的な事態を表す部分が命題であるが、命題部分を、便

宜上、事態を表す名詞「~コト」で内部補充する連体修飾に入りうる部分とする。(益岡1999参照)

3) モダリティ論の内実は研究により異なる。文法形式による文法カテゴリーを意

識したモダリティ論もあるが、中右1994は発話時現在の話し手の心的態度という意味上の規定に適うものを表現形式の範疇に関わらず網羅しようとした純粋に意味論的な研究である(宮崎他2002 p4参照)。

4) モダリティの内部分析に関して本稿が意味論的立場の中右を採用した理由は、

「中国語は…明晰な形態的標識を有せず、多くの場合、意味上の内的制約が重要な決め手となる…弱形態強意味という特徴を持つ中国語において、形態的特徴から規則性を見いだすことは中々容易なことでない(于康1999)」からである。5) 于康1999、于康2000 をご参照頂きたい。

6) インフォーマントによれば、「日曜日は休息日」という社会通念の下、それでも

又(続けて)出勤するという事態は、客観的に重複動作を表現するにせよ、“再”より“还”を用い「休むべき日なのに…」と、主観性を込めた表現の方がより許容度が増すという。

“““还”と“再”の連用に関する語順確定要因分析(樋口) 〔97〕

7) テストの方法は玄宜青1992に倣った。

8) モダリティとは、<発話時点=瞬間的現在時><話し手><心的態度>という

三つの要素概念の組み合わせである。モダリティの根本的原理である発話者の主観性を示すには瞬間的現在時でなければならない。そして、モダリティの瞬間的現在時を区別する表示がないため、話し手の人称によりこれを区別することになる(中右1994 p51)。三人称主語の現在時制は一般に持続的現在時しか表さず、あらゆる可能性を考慮し、一人称、二人称、三人称の用例を出した。

9) 助動詞には主観的なものと客観的なものがある(马2004,柯理思2000,鲁2004,

于1996)。例えば、柯理思2000によれば、助動詞には動作主の能力・技量を表す“根源意义”と話者の命題に対する可否判断の“判断意义”がある。(用例は同論より引用。下線筆者加筆。)

她 她能游五公里“根源意义”

/干这种事的人还能是好人吗?“判断意义”她 她会画画儿“根源意义”

/这样做会引起事故。“判断意义”  助動詞の内部分析は研究により線引きが異なるが、いずれにせよ助動詞には主

観性助動詞と客観性助動詞がある。本稿の考察の本筋から離れるため、今回助動詞の個別内部分析は行わない。だが肯定文を否定文に換えた各用例ともに助動詞は否定のスコープに収まっており、これらテスト結果内の助動詞は命題構成成分であると判断できよう。

10) ちなみに共起文でなく、単独で機能する時の“再”は、

“再”が否定詞の前にも後ろにも位置する。“以后他不再说了。 /以后他再不说了。” つまり“再”は否定のスコープの内外に位置し、“再”は命題内成分にも命題外成分にもなる可能性がある。今回の考察は、“还”と“再”の連用時の語順要因分析であるため、“再”が単独で機能した場合の、命題成分/非命題成分の分析は本稿の考察対象から離れるため行わない。

11) 周刚1993、蒋琪·金立鑫1997、徐迎新2001、张宝胜2005など。

例文出典〉

 例文は出典を記載し、記載のないものは全て5人のインフォーマット(吉林省吉林市出身20代女性、黒竜江省ハルビン市出身20代女性、四川省重慶市出身30代女性、山東省済南市出身20代男性、湖北省荊州市出身30代男性)のチェックを受けた作例である。参考文献〉

2000〈论表示说话者的主观判断的「V不了」格式及其语法化过程〉

《现代中国语研究》第1期

·金立鑫1997〈“再”与“还”重复义的比较研究〉

《中国语文》第3期中国社会科学出版社

·马真1999〈关于重复的副词“又”

“再”“还”〉《现代汉语虚词散论》语文出版社

2004〈基本助动词的“非情态表现”和“情态表现”〉《现代汉语基本助动词的语义研究》中国社会科学出版社

〈〈  柯理思  蒋琪         陆俭明  鲁晓琨       〔98〕 中国文学研究 第三十三期

  马庆株2004〈能愿动词的意义与能愿结构的性质〉《汉语动词和动词性结构》       北京大学出版社

  沈家煊2001〈跟副词“还”有关的两个句式〉

《中国语文》第6期 总第285期  史金生2003〈语气副词的范围、类别和共现顺序〉

《中国语文》第1期总第292期  袁毓林2002〈多功副词共现的语序原则及其认知解释〉《语言学论丛》第26辑 商务

印书馆

  于康1996〈命题内成分于命题外成分〉

《世界汉语教学》第1期 总第35期  张宝胜2005〈副词“还”的主观性〉

《汉语语法研究的新拓展(二)》浙江教育出版社

  张国宪2006〈性质形容词重论〉《语言文字学》中国人民大学  朱德熙1983〈语气词的组合层次〉《语法讲义》商务印书馆

  中右実1994「SモダリティとDモダリティ」『認知意味論の原理』大修館書店  ―――1999「モダリティをどう捉えるか」『言語』28巻6号 大修館書店  仁田義雄1999「モダリティを求めて」『言語』28巻6号 大修館書店  益岡隆志1987「述語句の基本的構成」『命題の文法』くろしお出版  ―――1999「命題との境界を求めて」『言語』28巻6号 大修館書店  益岡隆志/仁田義雄他2004『言語の科学5 文法』岩波書店

  宮崎和人/安達太郎他2002『新日本語文法選書4 モダリティ』くろしお出版  森山卓郎2000「基本叙法と選択関係としてのモダリティ」

       『日本語の文法3』仁田義男/益岡隆志編 岩波書店  于康1999「現代中国の命題構造の階層性」『言語と文化』第2号       関西学院大学言語教育研究センター

  ―――2000「現代中国のモダリティ構造の階層性」『言語と文化』第3号       関西学院大学言語教育研究センター

  玄宜青1992「現代中国語におけるモダリティを担う副詞成分」『中国語学』239  徐迎新2001「“还”と“再”の表す重複表現について」『日中言語対照研究論集』

第3号

  周刚1993「说“再”」『中国語学』240

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